ダースが酔って、あたしとプラチナが慌てふためいて………。


こうして、豪華客船での一日目が終わろうとしていた。
フィリー先生が言うには、カルトには約三日で着くらしい。
…まぁ、ダースにとっちゃあ地獄以外の何物でもないわね……。
(それにしても……。)
たった一人のルームメイトのクマちゃんをギュッと抱きしめる。
プラチナとダースは男の子だから同じ部屋。でも女の子はあたしだけ。
そんな訳であたしは一人部屋なのだ。
話す相手がいないとなんだかすっごく心細い。
そう言う訳なのか否か…深夜を回っていると言うのに、あたしは眠れずにいた。
(…うーん、外の空気吸ったらすっきりするかな…。)
こういった時あたしがとる行動と言えばこれである。
まぁ実際、大きな船の中を冒険したいって言う気持ちもあるんだけど。


ランプを持ちながら、一人で船内を歩く。
もう船員も休憩の時間なのか、出歩いている人は見当たらない。
…あ、あたし出てきちゃって良かったのかしら……??
(ま、いっか…。バレなきゃ大丈夫だっ!)
嗚呼、こんなあたしの大雑把な所ってやっぱ直した方が良いのかしら……。
苦笑しながら船内を歩き続ける。
――…と。
(…あれ?)
あたしの他に、ランプの光が見えて、思わず咄嗟に近くの柱に隠れた。
…船員さん……??うわ、だったら見つかったらちょっとマズイかな。
ドキドキしながら隠れ、こっそりと相手を見る。
(――……あ。)
ランプに照らされたその顔は、船員ではなかった。
金色の美しい髪は見覚えがあった。…昼間の男の人だ!!
良かった、この人なら大丈夫だ。
そう安堵して、出て行こうとした刹那――…。
「……ふふ…。」
(……え?)
男は、月明かりに照らされ妖しく笑った。
血と同じような色をした真紅の瞳。
金色の長めの髪が風に揺らめく。
(――ぁ…!)
その男の人の片手を見て、思わず声を立てそうになった。
男の人が右手に持つ木の小箱にはとても見覚えがあった。
あれは――フィリー先生から預かった…!?
「――ちょっとアンタっ!!」
「……?」
こういう時、あたしはダースみたいな冷静な判断が取れない。
気がつけば正面から向かっていた。
「そう言うのを窃盗って言うんじゃないのっ!?その箱――…!」
「――…ああ、そうか。昼間のお嬢さん。」
「返してよっ、それはフィリー先生から預かった大切な物なんだから!」
強気なあたしの言葉に揺るぐことなく、男はクスリ、と笑った。
「箱を返して欲しい?…だったら良いよ、『箱』は返してあげる。」
「……?」
「僕が欲しいのはこれだからね。」
そう言うと、男は箱の中身から何かを取り出す。
暗くて良く見えないけど………石…?
不思議な輝きに満ちた石からは、何か…魔力のようなものを感じる。
ダースとプラチナみたいに詳しくないから良く分からないけど…。
「ずっと捜し求めていたよ、この石を…。この石さえあれば、僕は――…。」
「ちょっと待って!その石を入れる為にこの小箱があったのよっ、余程大事なモノだと思うの。返して!」
「おやおや、箱は返したのにこれじゃあ満足できないのかい……?」
「なっ……大体!これはあたしが預かっていた物なのよ!?あんたが発言する権利はないわ!」
「……ふふ、随分強気なお嬢さんだ。」
怒りを露にするあたしを見て、男は余裕の笑みを見せた。
まるで動揺と言う感情が無い。
「そう言う女性は嫌いではないけれど――…これを見られたからには少しマズイね…。」
「……え?」
「勿論――生きて帰す訳には、ね?」
「……っ!?」
いきなり、耳元で囁きが聞こえた。
そう思うと――先ほどまで真正面に居た筈の男が、あたしの耳元に移動していた。
いつの間に……っ!?微動だにしなかった筈なのに…!
「へぇ、石がこの手にあるからかな。凄い術を使えるようになっちゃったな。」
そう言うと男はあたしが動けないよう片手で押さえながらクス、と笑う。
「じゃあここで…君を殺すのも造作も無い事かもね。」
「っ……。」
「良かった、返り血浴びるのって好きじゃないから…。」
穏やかな笑みを浮かべながら、男はあたしを押さえつける片手に力を加える。…もう片方の手に、石を持ったまま。

――ヤダ…ヤダ怖い……!
  この人…普通の人じゃない……っ!!


「誰か――ッ!!」
目をきつく閉じ、念じるように叫ぶ。……その刹那。
「アシャンっ!?」
「あ――…!!」
聞きなれたその声に、あたしは安心して思わず脱力した。
あたしの叫びを聞いて駆けつけたのか…プラチナとダースが真剣な顔でやってきた。
「…そいつを離せ。」
いつになく真剣なダースのまなざし。その瞳の奥に、黒い炎が燃えてる。そんな風に見えた。
「邪魔が入っちゃったか…。ふふ、まぁいいや。」
ダースの剣幕にひれ伏した…。……そう言う訳ではないらしい。
それでも男は何やら満足したのか、あたしを離す。
「っはぁ……!」
「アシャン、大丈夫!?」
「う、うん…平気……。」
何だろうか…ただ掴まれていただけなのに。
あれも石の力、なんだろうか。なんだか…精神的に苦しい。
「………。」
「プラチナ…?」
あたしが無事なのを確認すると、プラチナは静かに立ち上がった。
その視線の先には、あの男。
「……やっぱり貴方、なのか…。」
(………え…?)
いつもより低い、プラチナの声。
いいや、それよりも――……。
「また…また僕の大切な物を奪うのか、メノウっ……!」
「…ふふ、呼び捨てにされちゃうとは、心外だね。」
こんな顔で人を怒鳴りつけるプラチナを、今まで一度も見たことはない。
だからこそ、いつもと雰囲気の違うプラチナが怖かった。
それ以前に、状況が飲み込めない。それはダースも同じだったらしく、静かにプラチナと男のやり取りを見つめる。
すると、メノウ…と呼ばれた男は不敵に笑った。
「…再会を祝いたい所だけど、時間がないね…。」
「…なっ……。」
「それじゃあね、プラチナ。それに……強い瞳のお嬢さん。」
「っ、待てッ!!」
プラチナが叫んだ時には既に遅く、メノウはいなくなっていた。
多分、あの石の力だろう。
……なんて自己解決させてるけど、実際あの石がなんなのかはあたしもわからない。
いや、それよりも――……。
「プラチナ――」
さっきの男の事を聞こうと思い、プラチナに視線を向ける。
プラチナは男の名前を呼んでいた。…男も、プラチナの名前を呼んでいた。
この二人は一体――……。
それらを聞こうとした、すぐ直後だった。


突然、暗く深い色した空がゴロゴロ鳴り始めたと思うと、雷が落ちた。
「うわ、わっ…!?」
雷が鳴るのと同時に、波が激しくなっていく。
「う"……。」
「だ、ダース!し、しっかり〜……。」
すっかりあたしの知る人物に戻ったプラチナが、口元を押さえるダースの背中をさする。
が、実際それどころじゃない。
「もしかして……嵐…?」
「まずいな……この様子だと津波の可能性も――うっぷ……。」
「アシャン!ダースを診てて。僕船長さんを呼んでくる…!」
「わ、わかった!」
凛とした表情のプラチナの言葉に、あたしは慌てて頷いた。
よろよろしたダースを膝の上で寝かす。もう船酔いも頂点に達しているのか、ダースはなんだかうなされている。
……嫌な、予感が胸をよぎる。
「あたし達…助かる……よね…?」
ボソリと呟くあたしの言葉に、反応する者は誰一人いない。
答えてくれる代わりに、雨と風が次第に激しくなっていく。
「お…ちこぼれ……?」
怖くなって思わずダースの身体を抱きしめる。
まだ意識はあるのか、ダースは苦しそうに息をしながら、あたしを見つめていた。
その頬が、微かに赤いような気がするのは……気のせいだろうか。
「…大丈夫だ……。お前には俺がいるから…。
 フィリー先生との誓い――…お前の面倒を見るって約束――…果たさず死ぬ訳にはいかない……。」
「ダース……。嬉しいけど、今にも吐きそうな顔で言われても説得力ないかも……。」
「う、うるさいっ……!!」
「……あははっ。」
顔を真っ赤にさせて怒るダースに、思わず笑みが出た。
…悲観しているだけじゃダメだ。運命を信じなきゃ……。

やがて船長さんが甲板にやってきた。
その後に、お客さんがぞろぞろとやってくる。
救助ボートを用意するつもりなんだ。
「皆さん、落ち着いて!こんな嵐でも、希望を信じればきっと生きられます!!」
船員のみんながそう叫ぶが、一度混乱したその場はなかなか納まらず、ボートの争奪戦が激しく繰り広げられる。
その所為で、ボートでの救助が凄く遅い。
「きゃああっ!?」
女の人の叫び声が聞こえて、あたしは驚いて声のした先を見た。
……船に雷が落ちてきたんだ。
船が崩れ、水が入ってきてる。
……ううん、正確には違う。沈んでるんだ……!
でもこんな状況になってもなお、ボートに乗っていないお客さんがいっぱいいる。
ダメ…このままじゃ、このままじゃ――……。
だけど残酷に周り続ける運命は、止めを刺す。

「……!船長、津波が……!!」
「何だって!?」
船員の言葉に、船長は勿論あたし達も動揺する。
ダースの言ってた事が本当になっちゃった!?
だけどこんな悲惨な状況で津波を避ける方法なんて無い。
「――アシャン!」
「…プラチナ?」
お客さんの避難を手伝っていたプラチナが突然戻ってきたと思うと、
あたしとダースの手を引いて「こっちだよ!」と何処かへと連れて行く。
そして……。
「あ……!」
視界に入った、避難用の浮輪。丁度二つあった。
…まさか、プラチナ……?
「もう…ボートがないみたいなんだ。だから、君達はこれで逃げて…!」
「な…!?じゃあお前はどうするんだ!?」
「…僕はね、船長さんと覚悟したんだ。」
覚悟。
その言葉を聞いて、あたしは目を見開いた。
それは、つまり――…。
「…この海で人生を終わらす気なのか!?」
「そうだよ!なんでプラチナが…!?」
「……有難う二人とも。でも…いいんだよ僕は。」
「どうして!?」
いつもと変わらぬ、穏やかな微笑を見せるプラチナにあたしは叫んだ。
何で、どうして。
プラチナは…こんな時でも笑っていられるの?
どうして簡単に自分を犠牲にしようとしてしまうの…!?
あたしとダースだけ助かるなんて……そんなの、納得いかない。
「僕ね、君達に生きて欲しいから。」
「っ…。」
「……アカデミーに入って、アシャンとダースに出会って、ひょんな事から同じ班になって…。」
雨が降り続ける中、プラチナは一言、一言言葉を紡ぐ。
「思えば、短い間だったかもしれない。それでも…君達が初めてなんだ。ここまで仲良くなれた友達…。」
「……プラチナ…。」
「だから……お願い、分かって?……僕からの、一生のお願いだよ。」
もう何も言えなくなって言葉をなくすあたしに、プラチナは笑った。
「僕なら大丈夫だよ。…絶対死ぬ。そう言う訳じゃないでしょ?きっと生きて帰る…。だから…。」



一生の、お願い。



そう唇を動かして、あたし達に伝える。
たまらなくなって、涙が溢れる。
だけど…あたしとは裏腹に、ダースは凛とした顔になると、あたしの手を引っ張った。
「嫌だよダース!!何処へ行くの!?」
「…決まってるだろ、逃げるんだ。」
「ダースまで…そんな事言うの!?嫌だよあたし…!!プラチナを置いてなんていけない!!」
「馬鹿ッ…!!プラチナの気持ちを踏みにじるのか!?」
「……!」
感情を露にするダースの、真剣なまなざし。
その言葉を聞いて、あたしはハッとした。
……そう。辛いけど……これがプラチナの…望みなんだ。
「うっ……プラチナ……。」
溢れる涙を必死に堪えながら、あたしはダースに手を引かれて、浮輪のある所へと向かった。
振り返ることもできない。
振り返ったらきっと、その場から動けなくなりそうで。
本当は駆け出して、プラチナも一緒に連れて行きたい。
だけど…それはあたしの我侭でしかないから。
「アシャン…ダース……。生きて……。」
最後に聞こえたプラチナの声に、あたしはたまらなくなって泣き出した。


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あとがき。
うおお、シリアス真っ只中です……。
プラチナ…色々と謎を残しておきながらアシャン達と離れてしまいました。
そしてアシャンとダースは再び彼と会う事はあるのでしょうか…。