| (……よし。) 朝。 ベッドから起きるといつものように鏡の前に立つ。 先ほどまでの『醜い』あたしを捨て、あたしじゃない、『優等生』の仮面を付ける。 …何て醜い笑顔なのだろう。鏡に映る『違う』生き物の顔を見て、心底そう思った。 あたしは杜若垢祢(かきつばた あかね)と言う人間だ。 学校一の優等生で何でもこなせる優しいお嬢様、と言う設定になっている。 だから、今日もみんなの知る『あたし』を演じなきゃいけないんだ。 「行ってきます。」 にっこりと家族に微笑むと、玄関を後にする。 今日も、『いつも通りの自分』を演じなくてはいけない。 それが親の望んだ『あたし』の姿だから。 杜若家は代々金持ちの家柄だ。 親は次期に家を継ぐ長女に当たるあたしには、ちゃんとした人間に育ってほしいらしい。 まぁ、別にそんな大層な家に生まれてきたかった訳じゃないんだけど。 寧ろ、こんな生活を送るのならば貧乏として生まれた方がマシだったかもしれない。 (…まぁ、こんな生活なんて、もう慣れたけど。) いつもの坂道を歩く中、そんな事を心の中で呟いて自嘲した。 こんな、囚われた人生を送って、 こんな、いつも気色悪い仮面をつけて、 ……でも、もうそんな生活にも慣れたから、 (今日も演じてやろうじゃない。) 貴方達が望んだ『杜若垢祢』と言う完璧な人間を。 「あっ、いたいたー!垢祢さーん!!」 不意に友達(とは言え本性こそは明かしていないが)の水城朱深(みずき あけみ)に 呼ばれ、あたしは慌てて振り返った。 こんなさり気ない行動にも油断は出来ない、あくまで優雅に、優しく。 「…あら、朱深さん。おはよう。」 「うんっ、おはよ垢祢さん!…ほら、美昭くんっ」 「え、えっ……や、やめてよぉ朱深さん……。」 「えへへーっ、じゃあわたしは先行くね!!」 「あ、朱深さんってばぁ……!!」 満面な笑みを浮かべると、朱深はあたしとクラスメイトの進藤美昭(しんどう よしあき) を置いて先に学校へと走っていった。 残されたのはあたしと進藤くん。進藤くんは顔を真っ赤にさせておどおどしていた。 …進藤くんがあたしに惚れているのは分かっている。 恋愛沙汰に鈍い少年の行動は多分、誰から見てもバレバレだろう。 だけど進藤くんが好きなのは仮面の『あたし』だ。 本当の『あたし』は見てないって、分かるから。 「…じゃあ私、先に行くわね、進藤くん。」 「あ……」 童顔で小さめな、見ようによっては女の子にも見えるその少年を冷たく突き放すのは 可哀想だ、と自分でも思った。 だけどこの子にはあまり関わらないでほしかった。 何故かは、知らないけど。 この子があたしの名前を呼ぶ度に、胸の鼓動が早くなるから、 ……何故かは、知らないけど。 通り過ぎようとした刹那、 「ねぇ垢祢さん、また『仮面』をつけるの?」 ――え? 驚いて振り返った先には、少しだけ寂しそうな顔をしながらあたしを 見つめる進藤くんがそこには、いて。 (どうして?) まさか、どうして、バレてるの――? いつも、隠していたつもりなのに、 完璧な人間を装っていた筈なのに、 どうして、 「だって、僕ずっと垢祢さんの事見てた…から……。」 「……」 「ねぇ垢祢さん、寂しいよ。辛い時は誰かに言えば良いんだよ。 それが無理なら、せめて僕の前では本当の『垢祢さん』でいてほしいんだよ。 じゃないと……僕、悲しいよ……。」 垢祢さんの『幸せ』が、僕にとっての『幸せ』だから。 「余計な――お世話よっ!!」 「垢祢、さん……?」 不意に、体が震えているのが分かって、たまらなくなって叫んだ。 ……あたし、この子が怖い。 この子の言葉が、この子の笑顔が、この子の存在が全部怖い。 ずっと隠していたあたしの心の中にズケズケと簡単に入り込んできて、 「何も知らない癖に知ったかぶるのは止めてよ!…不愉快なのよそう言うのっ!!」 「垢祢さん………知ったかぶってなんか、ないよ。確かに僕、 まだ垢祢さんのわからないとこ、いっぱいあるよ。でもね、これから知っていきたいんだよ、」 「何で……何でそんな事、言うのよ……。」 あまりあたしの心を動揺させないでほしい、のに。 どうしてこの子はあたしの心を乱そうとするんだろう。 不意に浮かんだ涙を必死に堪えた途端、また美昭くんはあたしの怖がるあの笑顔を浮かべた。 「だって僕、垢祢さんの事が本当に好きなんだもん。 強がってるし、怒ったら怖いけど、本当は優しいって分かってるから。」 そんなの……そんなの、 悔しくて、口答えしようと思ったけど答えが出なかった。 気がつけば、一筋の雫が頬を伝っていて、 だけど自然と顔は笑っていた。 「…こんな無駄話して、遅刻したらあんたの所為よ。」 「え…!?そ、そんな……」 「あんた、愚かね。」 「……はう…。」 今はまだ、あたしのこの『仮面』は剥がせないわ。 だって突然、今まで見せてきた杜若垢祢と言う人間の人格が変わったら、 クラスとか大騒ぎになってしまうもの。 だけど……、 「…あんたなら……、」 「…え?」 「何でもない。……あんたは本当に愚かね、って言っただけ。」 「はぁ……。」 本当の『あたし』と言う存在を受け止めてくれた貴方だったら、 ……考えてあげなくも、ないわよ。 +あとがき+ 初めての一話完結ものでした!あー微妙だ…! 恋愛になりきれない二人の温かい関係を書きたかったのに見事玉砕…。 元は『++ND』と言う作品のキャラ達です。 でもその話が停滞してしまったので、生み捨ては良くない、違う 作品で活用させよう!!……と書いてみたものです。 で、ちょこっとキャラ紹介でも。 ・杜若垢祢(かきつばた あかね) 杜若財閥の超お嬢様。容姿端麗成績優秀スポーツ万能、と完璧揃いだが それは仮面をつけているだけで、本当は人をからかうのと馬鹿にするのが好きな悪女。 口癖は「あんた、愚かね」。 ・進藤美昭(しんどう よしあき) ちっちゃくて声が高い童顔な少年。気弱で女の子みたいだが、芯は強い。 垢祢の本心を知りながらも垢祢から離れようとしない。 体が弱く体力がなく、よく垢祢のドロップキックでぶっ飛ぶ。 ・水城朱深(みずき あけみ) 今回出す予定のなかったキャラ。一応元ネタである『++ND』の本編主人公。 馬鹿明るくてポジティブで、どんな事にもめげない元気少女。 恋愛話が大好きで、良く首を突っ込むトラブルメーカー的な一面も。 NOVELページに戻る サイトの入り口に戻る |