*Side-Ibuki&Sibuki
白端息吹



――ずっとね、心に溜めていた事があるんだ。

もしかしたら、飛沫を苦しませてしまうかもしれない。
もしかしたら、飛沫を悲しませてしまうかもしれない。
だから、ずっと、言えずにいるんだけれど。





「息吹ー、そろそろご飯食べようぜー!」
「そだね〜、お腹減ったもんね。」
「食料って渡されたんだよな。何入ってるんだろ……。」
言いながら、飛沫は支給された鞄を漁り始めた。
どこまでも素直で、無垢な飛沫を見ていると心が痛む。



ずっと、心の中で葛藤していた事があるんだ。



同じ日に一緒に産まれた僕のかけがえの無い片割れ。
――飛沫は、生まれながらにして足が不自由だった。
車椅子とか、松葉杖を使うほどではないけれど、走る事ができない。
歩くことはできるんだけど、凄くたどたどしくて――
小学生の頃は、これがきっかけでちょっとした苛めに遭っていたことも、僕は知っている。
それを見るたびに、僕は心を痛めていたのだけど、飛沫は違った。
僕なんかとは違って、強い飛沫は持ち前の明るさで苛めなんか気にしちゃいなかった。
何も落ち込んだり泣いたりしない飛沫を苛めていてもつまらなかったのだろう。
すぐに、いじめっ子達は飛沫をいじめなくなった。

だけど、僕は知ってる。いつも気丈な飛沫は、足の事を本当はとても気にしていることを。




『俺さ、陸上やりたかったんだ。』
『……え?』
中学三年生の、体育祭。
足の事で競技に出れない飛沫と、まだ目が普通で、審判をやっていた僕は白いテントの下で他愛ない話をしていた。
本当に毎日しているような、馬鹿みたいな話。だから、突然の飛沫の言葉に、僕は驚いて聞き返した。
『こんな足で陸上なんて、笑えるかもしれないけどさ、憧れなんだ。』
『……飛沫…。』
『ははっ、ごめんな?いきなりこんな後ろ向きな発言。無理なのはわかってるよ、でも……。』
目を細めると、飛沫はリレーの選手を羨ましそうに見つめた。
『ああいう風に走れると、気持ちいいんだろうなぁって。』
ちくり、と胸が痛んだ。

生まれつき。そんな理由のせいで、弟はやりたい事――理想をつかめないんだ、と。
したい事をできないと言うのは、どれだけ辛い事なんだろう。
ただ、それを見る事しかできない、なんて。
『……あはは、なーんて理想の話。ごめん、忘れてくれよなー?』
そう言うと、飛沫はあくまで明るく笑う。それが作った笑顔なんて事はすぐに分かる。
…弟は、日々こんなに苦しんでいるのに。
小学校の頃の苛めだって、きっと全然気にしていない、と言う訳じゃないと思う。
なのに……どうして、同じ顔の僕は、何の苦しみもなくのうのうと生きているんだろう。
それだけが、ずっと疑問だったんだ。




痛みがほしい。痛みと、永遠に離れることのない苦しみを。
飛沫と等しく、いや――望むならばそれ以上の、痛みと苦しみを。
(いっそ、死んでしまおうか。)
僕がいなくなれば、こんな葛藤をする事はなくなる。
そう考えた事もあった。だけど、人間って結構しぶとく生きている。清く死ぬにはリスクが高い。
『…息吹??最近、ずっと俯き加減だぜー。どうかしたのか??』
『あ……。』
不意に、隣を歩いていた息吹が心配げに僕の顔を覗きこんだ。
無垢なその顔は、本当に僕を心配しているようで、
『……ううん、なんでもないよ。』
まさか、こんな事――どうやったら苦しむ事ができるのかな。なんて、言える訳がなかった。
そっかー?と疑問を浮かべながらも納得してくれる飛沫を見て、嘘を吐いていると言う罪悪感も沸いたけれど。
僕はあの日から、ずっとどうやったら苦しむ事ができるのか。それを、考えていた。
『あ、俺友達いるから先行くな!じゃまた学校でー!』
『っと、あ、飛沫!そんなに急いだら危ないよ!』
『へーきへーき♪』
軽く笑いながら、飛沫は足を急がせて、前方にいる友達の方へと行った。
(……あ…。)
そんな飛沫を微笑みながら見ていると――ふと、視界にダンプカーが映った。
ダンプカーは信号が青の為、停止している。
(……もしかしたら…。)
…これは、チャンスなんじゃないか。
僕の中のいけない好奇心が、僕にそう問い掛けてくる。
これは隙を窺ったら死ねるのじゃないか、と。

おーい飛沫ー!と、赤信号を気にせず、飛沫を追いかけるフリをして僕が走る。
そこにダンプカーが通りかかり、そして僕と言う人間は死ぬ。
(…完璧だ。)
策は練った。後は実行するだけ。
信号が点滅し始める。その隙を、僕は狙っていた。
(あとすこし。あとすこししたら。)
まだかな。まだかな。早く、早く赤信号になってよ。
早く僕を苦しめて。永遠と言う名の呪縛で、僕を締め付けて。
わくわくしながら赤信号を待つ。すると――信号の色が赤になった。
迷いは、無かった。

『おーい、飛沫ーっ!』
『んー?』
飛沫に手を振りながら、わざとに赤信号に飛び出す。
視界に少しだけ入る、ダンプカーの影。
クラクションを鳴らしている。だけど、僕は笑顔のまま。


悲痛な飛沫の叫び声が耳に入る。
後は、『赤い』液体と『白い』病室の記憶だけ――。




結果として僕は死ねなかった。死ねない代わりに大きな物を失くした。
それは、『両目』だった。
死ねなかったけれど、僕は望んでいた『苦しみ』を事故と言う形式で手に入れたのだった。


だけど、やっぱり両目を失った、その代償は大きかった。
ずっと護りたいと願っていた弟は、こんな目じゃ護れない。
同じ苦しみがほしかった。だけど――やっぱりこんなもんじゃ君には近づけないんだ。
護るどころか、目の見えない僕は君に助けられてばかりだから。

――こんな、出来ぞこないの片割れなんて、要らないね。

僕と同じ顔なら、此処にいる。だったら、やっぱり『死』と言う形式でなくなった方が良かったかもしれない。
飛沫、僕はね、


「……息吹?」



今でも飛沫と等しく、いや――望むならばそれ以上の、痛みと苦しみを。
――『死』を望んでいるんだよ。

もしかしたら、飛沫を苦しませてしまうかもしれない。
もしかしたら、飛沫を悲しませてしまうかもしれない。
だから、ずっと、言えずにいるんだけれど。



あとがき
暗……!!;息吹の葛藤と事故の真実(?)です。
彼は彼なりに苦しんでるけれど、飛沫を大事に想うあまりに色々と捻り狂っております…。


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